あいでんのつぶやき

こんにちは!大学で物理を勉強しています、あいでんです。日々感じていることを日記のような感覚で書いていこうと思っています。ぜひ読んでみてください。

物理学とは?

今日のテーマは、物理学とは何か? です!

私が語るには少々壮大なテーマですが、そこは気にせず語っていきましょう。

物理学とは近似の学問

物理学と聞くと高校のときに散々な目に合っていやになったという方もいるのではないでしょうか?

物理を勉強するときの難しさには2点あるとよく言われており、一つは数学的な(計算など)難しさです。私たちが普段使う日本語などの言語のように、物理では数式を使って自然の世界を表します。そこで複雑な計算などが出てきてわからなくなるというケースがあります。

二つ目は物理的な現象をイメージする難しさです。例えば、その数式がどんな現象を表しているのかということを考えることが難しいわけです。これは程度の差こそあれ例外なく誰にでも当てはまると思います。もちろん物理学者にとっても当てはまるでしょう。

そこでどうしたかというと、見出しにもあるように「近似」という方法を(自分も気づかないうちに)用いて研究を進めてきたのです。自分も気づかないうちにというのは、物理学の究極の目標は自然のすべてを数式で表すことですが、その目標に向かっているつもりが実は近似していたということです。

ただし、近似をすることで自然の法則の大元に近づくというのは、長い目で見れば段階を追っていくという意味で正攻法であるとも思います。それでは近似の歴史を簡単に見ていきましょう。

ニュートンアインシュタイン・その先へ

まず初めにニュートン運動方程式というものが物体の運動を記述するものとして登場します。これは高校物理でもおなじみのma=Fというものです。17世紀半ばくらいにニュートンによって書かれたわけですが、これで世界の運動がすべて記述できると期待されていた時代もあったようです。

ところがこの式だけでは説明できない現象が見つかり、どうしたらいいのかと考えていたところに、あのアインシュタインが登場するのです。彼は相対性理論で有名ですが、ノーベル賞を受賞した理由はそれではなく光量子仮説というものでした。

なぜなら、相対性理論は注目されていたものの、物理学者の中でもその理論の価値をどう取り扱ってよいのかわからないほど革新的なものであったからです。もちろん、現在は様々な実験から相対性理論は正しいことが示されています。

ここから最もお伝えしたい部分になりますが、実はニュートン運動方程式アインシュタイン相対性理論の近似だったのです。この世界で最も速い粒子は光です。光速で運動しているわけですが、ニュートン運動方程式は物体の運動がその光速に近づくと成り立たなくなってしまいます。一方でアインシュタインの考え出した式では光速に近い運動をするときでもちゃんと成り立っています!

こうして一つの近似が取り払われて、より一般的だと思われる式ができました。これは物理学の歴史の大きな流れの一つですが、この流れは世界のすべてを表す式を見つけるという目標に向かっており、言い換えると、近似を取り払う作業でもあるのです。私の頭ではその先はまだよくわからないですが(相対性理論も勉強中です)、相対性理論もまだ究極の式ではなく、何かしらの近似になっているはずです。

物理学者の研究の目的の一つは近似を取り払うことだと私は思っています。近似を取り払うという作業が終わると究極の式が見えてくるのでしょうか?まだまだ分かっていないことも多いですが、どうなっているのか考えるだけでもワクワクしますね。

 

私ももっと勉強して多くの人に興味をもってもらえるようわかりやすく伝えられる記事を書きたいと思います。楽しみに待っていてください。

アンケートはどこまで真実を表しているのか?

前回から少し時が経ってしまいましたが、今日はアンケートについてふと疑問に思ったので記事を書くことにしました。アンケートと言っても様々な種類があると思いますが、細かいことは気にせず考えていきます!

疑問

アンケートはどの程度の真実を語ってくれているのでしょうか?

少し考えてみましょう!

アンケートの種類

私の考えの前にアンケートに対する見方を述べておきましょう。アンケートの内容は多様ですが、その大元には自分の意見や考え、もしくは状況や心境などを回答するという共通部分があると思います。分類の仕方も数多くあると思いますが、ここではアンケートへの回答に対して、どのくらいプライベートな内容を書く必要があるかに焦点を当てていきたいと思います。

私の意見

まず、アンケートにはその人の考えや意見を素直に書いてもらう必要があります。時には、数値などを使って何段階評価かを答えることもあるでしょう。ここで一つ引っかかることがあります。それは、いざアンケートに答えるときに素直な答えではなく、アンケートに答える用の答えを答えてしまうことです。ややこしい文章ですみません・・・要するに、本心とは多少違う答えを用意して回答しているかもしれないということです。この原因を考えてみると、人に知られたくないという気持ちから本当のことが書けない場合があるでしょう。たとえ個人が特定されない範囲で扱うとは言っても気になってしまう方は多いのではないでしょうか?少なくとも私は気にしてしまいます。他人に知られることとは別にもう一つ原因を挙げましょう。

それは、理想を回答してしまうというパターンです。現実に当てはまるものとは違うけれども理想的にはこうだなというものを書いてしまいがちな人もいるのではないでしょうか?別の言い方をすれば、現実逃避をしているともいえるかもしれません(言い過ぎかもしれませんが)。

直接の原因ではないですが、上に挙げた二つの回答の仕方を助けるものとして(特に後者)、あいまいな記憶に頼ってしまうことも重要なポイントだと思います。はっきりわかっているものであればちゃんと答えたいけど、昔のことでよく覚えていない、普段そこまで意識していない、というようなことは正確に答えようがないので、答えもあいまいになってしまいますが、そこで無意識のうちに自分の理想に近い回答をしてしまっているのだと私は考えます。

さてそれでは、アンケートの分析はどうすればよいのでしょうか?もっとも単純な方法は回答者が素直に正しく回答しているという前提のもと分析していくというものでしょう。しかし、その前提がどの程度正しいのかを考えてみる必要があります。「アンケートにどの程度正直に正しく答えていますか?」なんていうアンケートを取ってみると考察が面白くなるんじゃないですかね?やってみたいですね。それはさておき、回答に補正をかけるとなるとそれはそれで難しいでしょう。

そこで妥協案として、おおまかな傾向を把握したいとすれば多少の違いは誤差とみなして傾向がつかめさえすればそれは目的を達成しているのでよしということにしましょう。そうすると大体のアンケート調査は問題なさそうですね。

問題提起と結論がうまく対応しないですが、結論としては厳密な正確さよりも全体の傾向がつかめていればよさそうということになってしまいました。すいません・・・もう少し考えを深めてから記事にすればよかったです。

確かに、アンケートには書かれていない潜在的な意見はきっとたくさんありそうですし、誰かが書いた意見をよく考えて、これはきっとみんな思っているはずだと見抜ければ得られるものは大きいかもしれません。

 

 

今度書き直すかも

読書記録 No.1 「失敗の本質」

今日は本の紹介を私の感想とともにお届けします。本を読んだら感想を書くようにしているので、これからも時々本の紹介は行う予定です。

今日は「失敗の本質」という本をご紹介します。この本は2016年に東京都知事に就任した小池百合子さんの愛読書らしいです。太平洋戦争での日本軍を組織論的に研究したものであり、日本がなぜ敗戦に至ったのかを「組織」という言葉に焦点を当てて考察しています。自分が組織の中で行動するとき、その組織は良い組織なのか悪い組織なのか、判断する材料としてぜひこの本を参考にするとよいと思います。

 

内容

まずアメリカとの6つの戦いをケース別に見ていきます。その後、「失敗の本質」ということでそれぞれの戦いでの失敗に関して、共通する部分を見出し、戦略上、組織上失敗の要因となるものを分析しています。最後の章では、「失敗の教訓」という題で、日本軍が環境変化に対応できなかったこと、組織の自己改革に失敗したことについて述べています。

最終的には良い組織とはダメな組織とは何ぞやということが分かります!

 

 

感想

戦争について述べるのはなかなか難しいですが、過去から学び今に活かす、という点では学ぶものが多くあると思います。その多くあるうちの一つがこの本に書かれているのだと思います。

さて、組織として日本軍はどうだったのでしょうか。この本を読んだ限りですが、組織の上層部の人たちが、客観的に見るということができていなかったのではないかと思います。「客観視する」という一言に尽きると私は思いました。相手の力を見誤って失敗した作戦や、精神第一という考えもかなりあったようです。当然相手にも強い精神力があると考えられますし、自国の力と相手国の力がどういう関係にあるのかを知らなければ正しい戦略が立てられないでしょう。

また、各戦いの反省を次に活かすということもできていなかったようです。外から見れば、前回の反省を次につなげて、進歩しながら戦いを進めていくのが当然と考えられます。アメリカはきちんとできていたようですが、そこも勝敗を分ける大きな要因の一つだと思います。

加えて、組織としてはトップダウン型で、立場が下、もしくは現場の人たちが本部に意見を伝えてもそれが全く通らないほどだったそうです。現場の状況を知らない人が最終的な命令を下し、それを現場の人たちが責任をもって遂行するという体制になっていたようです。本部が最終的な命令を下すのはもちろんですが、部下の意見、ましてや現場にいる人たちの意見を全く取り入れないというのはおかしいでしょう。現場を知らないからこそ、現場にいる人の声は大切になってくるのだと思います。この原因の一つがどうやら人間関係らしいです。組織上人間関係は大切ですが、戦いで勝つことを目的としているのに、作戦会議では人情を優先させて誤った作戦をそのまま実行に移すという体質があったそうです。つまり、真剣に議論をしているのでしょうが、それでも空気に流されてしまうといったことがあったのだと思います。

さて、ここからが大切になりますが、組織の体制としての失敗を現在に活かせているのでしょうか?国家規模の組織もそうですが、比較的小さな規模の組織でもこの本から学べることはたくさんあったと思います。環境の変化に対応する(そのために何をしたら良いのかも含めて)、組織を自己改革させていく必要がある、反省を次に活かせるような環境づくりなどです。何回も読むと自分の頭の中で整理されて、失敗を分析するとはこういうことか!というのが見えてくるのではないでしょうか?

 

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

 

 

新年の目標!

あけましておめでとうございます!

昨年の年末にこのブログを始めたばかりですが、これからも続けていけたらと思います。改めてこのブログの位置づけを申し上げておきますと、自分の考えを整理したいというブログでございます。その中で皆さんに有意義な情報もお届けできればと思っています。

新年ということで、昨年の反省と今年の抱負を述べていきます。

 

昨年の反省

反省に関してすぐに思いつくことが2点あります。一つ目は時間を無駄にしないことです。日々心がけようとしているのですが、振り返ると、「あぁ、あれは時間の無駄だなぁ」と思うことがあったので、今年は時間を大切に一日を全力で生き抜いていくつもりです。頑張るぞ!

二点目は、人間関係に関してです。最初に書いた記事のとおりなんですが

人と違うことこそが自分の武器になる - aidennのつぶやき

、会話を楽しくするということが全くできなかったので、反省しています。これをどう乗り越えていこうか悩んでいてどうしたらよいか全くわかりません。いっそのことこれが自分なんだと開き直ってみたいのですが、それではただ逃げているだけのような気もしています。いったいどうすればいいのだろう?

 

今年の抱負

具体的にやりたいことを挙げるとたくさんありますが、ここでは自分の性格に関する悩みを解消するためにやりたいことを書きます。人間関係の悩みですが、わからないなりに考えて、マイナス思考がよくないのでは?と思いました。振り返ってみると、自分のことをマイナス思考で考えていることが多いので、それをまずはやめようと思っています。そうすれば自信もついて、人間関係でも少しは改善されるかもしれないですよね。人間関係それ自体が変わっていなくても、それを見る僕の視点が変わればそれだけでも十分だと思います。プラス思考というよりは、できるだけ客観的に自分を見つめて、よいところは素直にほめる、くらいのことができればいいですね。たくさん書いたところで今までの経験からすると中途半端に終わってしまいます。一つのことを精一杯やっていき、それを積み重ねていきたいと今の自分は思っているところです。

もちろん物理の勉強に関しては今まで以上に力を入れていくつもりです。難しい内容もありますが、コツコツと愚直に取り組んでいきます!

 

おまけ

記事を書きながら思ったことですが、考えたことを実際に書き出してみるというのはかなり良いことですよ。中途半端に考えていたものが頭の中で整理されて、問題点や考えるポイントなどがよりわかりやすくなってきます。文章では、どうすればいいのだろう、とか書いていますが、書き出すことで分からないところもはっきりと見えてくると思いますよ。わからないところがわかるっていうのは大事ですね。

【必見】!あなたは大丈夫?SNSへの写真投稿?!

今日は少しばかりためになる内容を書いていきます。ぜひ、さっとでもよいので目を通してみてください!

今朝、テレビを見ていたところ、バイクに立ち乗りして手放しで運転している人がおり、警察が捜査しているというニュースが流れていました。危ないからやめてくれ!と思いますが、私が気になったのはバイクに立ち乗りをしていたということ・・・ではなく、バイク立ち乗りの映像がSNSへの投稿で広まったということです。以前から、SNSへの投稿がきっかけでニュースになるということがありましたが、いくら相手が悪いからと言って他人の姿を無断でSNSに投稿してよいものなのか?私はここに疑問を感じたので調べてみることにしました。

ここではおそらく肖像権が問題になると思いますが、そもそも肖像権は法律などで規定されているものではないそうです。裁判所の判例などで認められてきたものらしいです。他人が写っているものがすべて肖像権にかかわるのかというと勿論そんなことはなくて(もしそうなら気軽に写真なんか取れないですし・・・)、常識的に考えて大丈夫と思われる範囲であれば問題にはならないそうです。どこまでが常識なのかということがあいまいでその都度判断しなければいけない気がしますね。詳しいことは下にあるリンクを参照してみてください。調べておきたいと思った方はご自分で調べてみるのもよいと思います。

私が参考にした記事では撮影対象とは別に写ってしまった場合に写真もしくは動画で知っている人がみたらその人物を特定できるかということに焦点を当てているようです。今回私が見たニュースは車のドライブレコーダーのような気がしたので(スマホやカメラだったかもしれませんが)、その人を狙ってというよりは、たまたま前にそのバイクがいたということだと思いますが、それを無断でSNSに挙げていいものなのか?結局詳しい人に聞かないとよくわからないという結論になってしまいそうです(^^;

今回のようなものの他にも、珍しいことをしている人がいた!という状況になるとそれを知らせたいという気持ちが働いてSNSにアップしてしまうことは十分ありそうですよね。SNSにアップしないのが最も安全ですが、アップする場合はその人がだれなのか特定されないように十分配慮することが必要になるでしょう。皆さん気を付けましょう!

他人が写っているものをSNSにアップするときの対処法としては人物が特定されないように顔やその他特徴となりそうなものにモザイクをかけることがまずは挙げられるでしょう。ただし、その人物を撮るという目的で撮影したものはちゃんと許可を得てからアップすることだそうです。これら対処法は言われてみれば当然かもしれませんね。

 

以下、参考記事

他人の姿(肖像)が写真・映像に写り込んでしまったら、肖像権侵害!?弁護士が教えるEC運営者のためのIT著作権法対策⑥】 | EC法務ドットコム~弁護士が運営するIT法律サイト~

特殊相対性理論

アインシュタインと言えば皆さんお分かりでしょう。今日は相対性理論の話をします。と言っても勉強中なので、わかっている範囲でお話しします。

そもそも、相対性理論特殊相対性理論(特殊相対論)と一般相対性理論(一般相対論)の二つあります。初めにできたのが特殊相対論でそれを拡張してできたのが一般相対論というイメージでいいと思います。僕が今勉強しているのは特殊相対論のほうです。

特殊相対論で大事な考え方の一つに光速不変というものがあります。今日はこのことを書いていこうと思います。普段の生活では例えば新幹線の中で進行方向に向かって野球ボールを投げたとすると、その速さは新幹線の速さと新幹線に乗った人からみたボールの速さを足したものになるのは皆さんもわかると思います。これと同じようなことを光で考えてみることにします。新幹線から進行方向に光速で光が発射されたとします。さて、この時の光の速さはどうなるのでしょうか。日常的な感覚で考えると、新幹線の速さ+光の速さと思ってしまいますが、実はそうではないのです!現在正しいとされている答えは、光の速さは新幹線から見ても光速だし、新幹線の外にいる人から見ても同じく光速なのです。非常に不思議なふるまいだと思いますが、こう考えるとより多くの現象がうまく考えられるようになるのです。この先はこれから勉強していくつもりです。

これを勉強したときは、アインシュタインのすごいところって物事の本質を見抜いたところにあるのだなと思いました。もちろんほかの物理学者もいろいろなことを考えて、特殊相対論で扱うような変換式を見つけた人もいたのですが、そのような式が出てくる背景を明らかにしたのがアインシュタインだったわけです。どうやったらこのような考えが出てくるのか、感心してしまいますね。私がこの話を聞いたときは世界の見方が変わった気がしましたが、皆さんはどうでしょうか?光の速さは地球上で立ち止まっている人から見ても、ロケットで飛んでいる人から見ても、変わらないということが今日のポイントでした。今となっては欠かせないGPSには特殊相対論、一般相対論が応用されているそうです。今では、単なる理論ではなく、実際の応用面でも非常に大切なものになってきたようです。

これからも自分の頭を整理するという意味も込めて物理の記事を書いていこうと思っているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

日本の抱えている問題ってみんなどれくらい関心あるの?

今日はtwitterで見かけた一言が気になったので少し考えてみることにしました。

タイトルにもあるように日本が抱えている問題にみんなはどれくらい関心があるのかということです。はっきり言うと、程度の差こそあれほとんどの人は本気で考えていない気がします。(客観的に見ると僕もその一人な気がしていますが・・・)そして本気で考えている人はその問題に直面して苦労している人などが多くを占めているのではないでしょうか?詳しく知っているわけではないですが、そんな気がします。このような状況は当然と言われればそうかもしれませんね。

あくまで例えばの話ですが、大学の授業料に関する問題などはやはり大学生とその家族、親戚、大学関係者に身近な話ですから、このことに関わりのない人がよく知らないといっても不思議ではありません。むしろ今の社会ではそれは当然だと思います。

別の問題として、保育園の待機児童の問題を取り上げてみると、こちらは今年の日本流行語大賞でも取り上げられ、それ以前にもニュースでたくさん流れていたので関心がある人も多いかもしれません。それでも、本気で待機児童の問題を何とかしてほしいと強く思う人の中心は新婚の夫婦とその家族であったり、実際にこの問題に直面している方々だと思います。

日本が抱えている問題はたくさんあります(世界まで視野を広げればさらに深刻な問題もたくさんあるでしょう)が、みんながすべての問題に関心を持ってほしいというわけではありません。仕事で忙しい人がすべての問題に関心をもとうというのは時間的にも精神的にも負担が大きいでしょう。だからと言って無関心では何も解決できません。

そこで、自分が最も関心のある問題についてちょっと詳しく調べてみよう。調べてきたことを誰かに話そう。そこで話し相手と議論して考えをもっと深めよう。相手の関心のある話も聞いてみよう。という雰囲気があれば、自然と多くの問題に目を向けられるはずです。気づいたらほかの問題にも関心をもってきたということもきっとあるはずです。

ここで問題になるのは友達や仲間、その他関わりのある人とどれくらい日本(世界)の問題について話し合っているか、議論できているかです。先ほど、今の社会では問題についてそれに身近な人しか知らないのは当然だと述べましたが、それはこのことが言いたかったのです。私が今、大学生ということもあり、これからの社会を担うことになるであろう大学生がどんな状況にあるのか興味がありますが、ぼくの周りではあまりいないような気がします。僕の知らないところで話している可能性もありますが、どうなんでしょうかね?

今日一番言いたいことですが、自分自身も含め、普段の会話でもっと社会の問題について話し合ってもいいんじゃないか、話し合うのが当然だという空気、雰囲気があってもいいのではないかと思います。社会問題は政治とも関連してきますが、最終的には国民が関心を持つことでその後の行動に繋がり、良い方向に向かっていく、解決すると思います。

現代は情報があふれているので、探そうと思えば社会問題について書いてある記事もいくらでも見つかりますし、統計データなんかもものによってはあるでしょう。もちろん新聞でも良いでしょう。自分の考えを深めるための道具はそろっているので、それを語り合うという機会が増えていってほしいです。