本と物理と戯れる

本の感想、物理、その他という感じで書いていきます。どうぞ、よろしくお願いします。

ちょっとメモ

最近思うこと

自分自身について考えた時に、どうも僕は自分勝手な人間だなと思う。

媒体は何であれ人のために尽くしている人を見ると、どうしてそんなに相手を思いやることができるのだろうか、と考え込んでしまう。感銘を受けて、僕もそんな人間なりたいと思うのだが、結局のところ、自分のことで精いっぱいで相手のことを思いやるという所まで気が回らない。

程度の差こそあれ、人とかかわる中でそういう技術、または心を磨いてきたのだろう。意識して磨いた人もいるだろうし、そこまで意識せずとも、人に尽くすのが好きという性格の人もいるのかもしれない。

いずれにしても、僕はこれから意識して相手の気持ちを考えて行動しようとしなければ、相手を思いやって行動に移すということはできないように思う。

ではどうしたらいいのか?

まず一つ、自分がされて嬉しいこと、ありがたいと思うことはきっと相手も同じような気持ちのはずだ、というようなことを聞いたことがある。これは、時と場合、そして相手によるので一概に正しいとは言えないし、自分の感覚が果たしてその相手と合っているかは本音を言えば(まったく!)わからない。それでも時と場合により、ある程度は判断材料になるはずだ。

また、思い切ってあれこれやってみるのも一つの方法だと思う。やはり、実践して失敗を繰り返すことで得られるものは大きい。ただし、その過程で何かを得ようとしなければ意味はない。また、失敗することありきで書いているが、これは相手に迷惑をかけることもあるということだ。まったく迷惑を掛けない人間などいないだろうし、そこまで気にすることではないのかもしれない。しかし、僕は気が小さい故、友人(それも数人しかいないのだが)を失うのが怖いという気持ちから何か自分から仕掛けていこうという気になれない。もしかしたら、そういう気になることもあるけれど実際に行動に移すことはほぼ全くない。友人どころか、今後かかわらないであろう他人にさえ、もし嫌がられたらと考えると自分から発信していくようなことはなかなかできない。

ここまで書いてようやく気付いた。思い切ってあれこれやると書いたが、そもそも何をすれば相手を思いやるということになるのだろうか?実際に行動したことがないせいか、具体的な行動が浮かんでこない。

まとまりのない文章ではあるが、どうせメモなので思ったことを書いていく。

僕が自分勝手だと思う理由を今から書く。

それは、相手を思いやることについて考えると、ふと頭に浮かぶのが、自分が成長した姿を見せることができれば、それは相手に感謝したことにつながるのではないか?ということだ。そのあとで、それじゃあ結局自分に都合がいいようにしか考えていないなぁ、と落ち込むのである。

 

最後に、とりあえず考えているうちに僕がやらなければいけないと思ったことを最後に書いて終わりにする。

せめて、僕の(数少ない)友人でいてくれる人、お世話になっている人、僕を支えてくれている人にだけは感謝の気持ちを忘れずに、また何か(これは具体的に考えなければいけないが)その人を思いやって行動するように愚直に取り組む。

そのためには自分が何か失敗してしまうことも厭わないという気持ちを持たなければいけないな。時には、失敗から友人でなくなることもあろうが、それも厭わない覚悟がないと僕には相手を思いやることはできなそうだ。

結局のところ、失敗して何かを失うことが嫌なだけかもしれない。失敗から学ぶことが大切であるにも関わらず。

 

明日統計力学演習のテストがあってこんなこと書いている場合ではないのだが...