本と物理と戯れる

本の感想、物理、その他という感じで書いていきます。どうぞ、よろしくお願いします。

6/23 『恋文の技術』を読んで

こんにちは。今日は読書記録です。

 

森見さんの作品は二冊目だった。前回は『夜は短し歩けよ乙女』を読み、森見ワールドに「初めましてー、失礼します。」と足を踏み入れ、今回の作品で森見沼に「ズボッ」と片足を突っ込んでしまった。

 

内容(ネタバレは最低限)

この本は書簡体小説という書き方らしい。本文が全て手紙の文章で構成されている。この本では、大学院生の主人公が友人や研究室のメンバー、妹などに手紙を出すという形になっている。私がよく読むのは、風景描写や心理描写などが描かれ、所々セリフが描かれ、という構成の本である。きっと多くの人もそうであろう。

というか、書簡体小説というものの絶対数が少ないのだからそうなるのが当然か。

 

スタートは4月

主人公が人里離れた研究所に飛ばされクラゲの実験をするという状況から始まる。

実験とともに、文通修行が始まる。

目次を見るとわかるが、文通相手は

  • お姉様(研究室の先輩)
  • 少年(家庭教師の生徒だった)
  • 森見登美彦先生(作家)
  • (伊吹さん(院進せず就職した同級生))

といった面々。

見ての通り、いろんな人へ手紙を送っている。

文面の根本的なスタイル(主人公の性格)は変わらず、その上で相手によって味付けを変えていくという感じだった。相手によって言葉を使い分けるということは、誰もが日常的に行うことであろうが、それをフィクションとして一つの作品にまとめ上げるというのは、やはり難しいのだろうなと思う。

手紙を書いてみたいなーという気にもなった。今度書いてみようかな。

自分宛に書いてみたいな。子供の頃に自分宛の手紙を書くことはよくあると思うが、20代の学生が将来の自分へ手紙を書くというのはあまり聞かない。面白そうではないか!やってみよう笑

感想(ネタバレあり)

主人公の手紙での喜怒哀楽ぶりといったら、この上なく面白い。

自分がされたくないことを文通相手にし、されたら「フザケルナ!ソレハヒドイ!」という勝手さも痛快だ(笑)

森見さん、受けを狙って書いたな(笑)、と読者が思うだろうな、ということを見越した上でそれを楽しんで書いておられる(笑)。うまく表現できないが、そういう雰囲気が伝わる文章だった。

それと、わけわからない言葉を作り出すのが得意なようだ。「方法的懐疑」をもじった「方法的おっぱい懐疑」なる言葉が登場する。教養が深い著者であることは、間違い無いのだろうが、その教養の活かし方が独特であり、それが森見さんの最大の特徴かなと感じた。その高尚な?くだらなさは天下一品ではないか(笑)

物語中で著者自身を登場人物にしてしまうのも面白い発想だと思う。自分を物語の中で描くというのはどんな気分なのだろうか?自分を描くということは、物語のための創作した人物とはいえ、やはり自分を見つめることになるだろう。恥ずかしさとかはないのだろうか?そう考えてしまうのは、私自身が、自分を見つめ直す機会が乏しいからなのか?

最近はSNSも流行っているし、他人のいろんな状況を見聞きすることができる。自分だったらどうするだろう?? と考えていれば、自分を見つめる機会は増えそうだなとふと思った。