本と物理と戯れる

本の感想、物理、その他という感じで書いていきます。どうぞ、よろしくお願いします。

【読書日記】 信頼の構造 こころと社会の進化ゲーム 

本書について大まかな説明

この本がどういう本かを最初に述べておこう。

内容は誤解を恐れずに書くと、「信頼」と「安心」は違う、と述べている。詳しい感想はのちに述べる。書き口が学術的な体裁で、ある意味読みやすく、別の意味では読みにくかった。

例えば、どんなことが書いてあるかというと、

•相手を信頼する傾向が強い人は、単なるお人好しではなく、その人が信頼できるかどうかの情報に敏感だ。

•逆に、人を見たら泥棒と思えという信頼する傾向が弱い人は、案外相手が信頼できるかどうかの情報に鈍感である。

 •相手が信頼できるような人ではないが、従わなければ痛い目をみる。自分と相手が互いにこういう状況にあるときは、自分から相手を裏切ることはしないし、相手から裏切られることもない。これは信頼とは異なる。

など、この他にも色々興味深い話はあったのだが、ここでは全てを紹介できそうにない。(僕の能力的に)

 

 

感想

色々書きたいことはあるのだが、感想がまとまらないので焦点を絞って、

集団の中で閉じこもっていると得られたはずの

    情報(関係•人脈•利益)が手に入らず勿体無い

という話をしたいと思う。

信頼についての本なのだが、僕としてはこの部分が印象に残った。

さてもう一度書くと、

 

内集団に留まっていると、外に目を向ければ得られた

はずの情報や機会を捨てることになってしまう

 

これは非常にもったいないが、だからといってすぐ変えられるかといわれると難しい。

集団内にとどまっていれば大きな失敗がないという

                 安心感が得られる

からだ。そのままでも困らない状況にいると考えても良いだろう。

そして、

いざ集団の外に出ると、リスクを追う危険性が存在する

ので、おいそれとできることでもないのだ。

 

例を挙げてみよう。

「本のテーマを広げつつ、人間関係も広げる」

という例で見てみよう。

 

本にも色々ある。小説が好きでフィクションは全然読まないという人がいるとしよう。もちろん小説には面白いもの、感動するもの、その数や枚挙にいとまがない。小説だけでも読みきれないほどだろう。

 

しかし、事実は小説よりも奇なりという言葉があるように、嘘のような本当の話もこの世界には溢れており、本という形でそれを知る機会を僕らは持っている。それを読む気になれば、さらに世界は広がる。あぁ、小説も面白いけど、フィクションもいいなぁと、思うようになったとしよう。

 

まだまだ本の世界は広い。小説には、いろんな状況が出てくる。時には事実を基にした作品もあるだろう。それじゃあ、その事実に関する本を読んでみようかなと思って読んで見たらどうだろうか?

例えば、美術がテーマになっている小説だったら、実際に美術に関する本を読んでみようかな、とか。そうすると、同じ本を読んだ時に新しい発見があるかもしれない。作家さんだって、相当調べた上でいろんな話題を書いているはずだ。その時の作家さんの気持ちに少しだけ近づけるかもしれないと思うと、「よし、読んでみよう!」という気になるのは僕だけではないはずだ。

これで、美術好きな人と出会ったときに話が広がるかもしれない。

別の例でいえば、スポーツの小説で、そのスポーツのルールがわからなかったらそのスポーツの本を1冊読んで見たら小説での選手の動きがもっとよく理解できるかもしれない。駅伝とか、野球とか、アメフトとか、カーリングとか、どんなスポーツも一般の人が思ってるよりもずっと奥が深いものだ。僕も野球をやっていたので多少は奥が深いというところを知っているが、プロになればもっともっと研ぎ澄まされた世界で勝負しているのだ。駅伝だって、ただ走っているだけではないだろう。どんな風に練習して、本番までにどう調整して、それで実際のレースでどういう展開になって、と知っているからこそ楽しめる部分がたくさんあると僕は思う。

そポーツに関する話題なら、多くの人とできるだろう。好きなスポーツで盛り上がれば、人間関係を気づく一助にもなろう。

 

もう少し世界を広げたいな、と思ったとしよう。

ニュースでよく政治のくだらない話が出てくるけど、国会議員はなにやってるの?ふざけてるの?でも、実際のところどうやって政治が行われているのか分からないや、と思ったら政治に関する本を読んでみるとかどうだろう?

そうすれば、国会議員の悪い点が(もちろ良い点も)具体的に指摘できるようになるだろうし、改善点は何かについて自分の意見を持っていればそれはもう立派な国民だろう。

少し真面目な話になったとき、自分の意見がはっきりと主張できる人はどれくらいいるだろう?そこでバシッと言えれば、一目置かれるのではないだろうか?自分の意見を説得力をもって主張するためには、多くの知識が必要だ。そういう場できちんと話したことによって築ける人脈もあるかもしれない。

 

最近体の調子が良くないと思ったらお医者さんに行ったほうが良いが、少し視点を変えれば、生活習慣についての本を読んでみるきっかけになる(もちろんお医者さんには行ってください)。これが運動するきっかけになるかもしれない。

生活習慣を正したからといって、新たな付き合いが生まれるわけではないだろうが、集団の外側というプレッシャーのかかる場面で、生活習慣の良さに救われることだってあろう。

 

 

今までの流れをまとめると、最初は小説しか読んでいなかった人間がフィクションを興味の対象に広げ、さらに政治、生活習慣にも守備範囲を広げたという感じだ。もちろん、そんな急にはできないだろうし、この辺のテーマもその人の興味に応じて変わるものだ。

ただ一つのポイントは、

ちょっと気になったことをスルーしない

ということだ。今回の例で言えば、小説を読んでいて、僕はこのスポーツのルールがよく分からないとか、この歴史の人物ってどんな時代に生きてたのかとか。

当然、仕事や勉強で忙しいから気になったこと全てに構ってはいられない。その中でいくつかを拾うだけで良いだろう。

 

 

小説だけにしか目を向けていないと、恐ろしいほどその他の本は目に入ってこない笑。

これは今回の本でいう集団内にとどまっていることに対応する。

小説以外に目を向けて、フィクション、政治経済、生活に関する本、その他、などなどいろんなテーマに目を向けると、小説だけでは手に入らない幅広い情報が手に入る。

これが集団の外に目を向けるという部分に対応する。

 

僕が最近体験したことを話すと、写真集なんて、これまで全く見向きもしなかったのだが、図書館にあったものを手にとったら(これは勉強の休憩がてらにと思っただけ)これがとびきり素敵な写真集だった。写真家が自分の生活を懸けて撮ったものは格別だった。これをきっかけに時々は写真集にも目を向けてみようと思っている。

写真集には全く興味がなかったが、それは写真集というものの存在を知らないからで、その中身を知ったら、それは僕にとって価値あるものになった。少なくとも、こういうものが世の中にはあるんだというきっかけになった。これは僕の(将来に渡って)得られる情報が増えたと考えて良いと思う。

ちなみにそれは、北海道に生息している愛らしいキツネたちの写真集だった。

 

話を戻そう。

今回の例では、集団の外に出ることでリスクが伴うということはあまりなかった。無理やり対応させるなら、自分のレベルに合わない本を購入してしまい、結局読まずにお金の無駄遣いになってしまったとかその程度かもしれない。

また、集団の外に目を向けることも比較的容易にできる。

そんな例しか思いつかなかったのだが、それでもこれを実践しようと思ったら、それなりに苦労するはずだ。なにを読んだらいいか分からないし、そんなぽんぽん本のためにお金が出せるわけでもない。

 

これが単に本のテーマを広げるという話ではなく、生活している中で属している集団の外側に手を伸ばそうと思ったらどうだろうか?まず、損をするリスクは大きくなる(自分のミスもそうだが、相手に騙されて損をすることもあるのだ)。集団の中にいる安心感が強くなる。しかし、得られる情報は増え、場合によっては利益も増える。どちらが良いだろうか?

 

ここで、人がどう動くかを、信頼という言葉から紐解くのが本書である。

興味を持った方は一度読んで見てはどうだろうか?